凝縮系量子相物理学 Quantum Phases of Matter
ヘリウムは常圧で絶対零度付近の極低温でも凍らず液体の状態を保ちますが、これは量子ゆらぎのゼロ点振動により固体にならないためです。 このような絶対零度で実現する液体状態を量子液体とよびます。これと同様に、固体中のスピンが絶対零度まで磁気秩序を示さず液体状態を保ち続けることができるかどうかということは、物性物理学における長年にわたる問題の一つです。 例えば2次元三角格子を考えて、格子上のスピン同士が反強磁性的な相互作用を持つ場合、全てのスピンの向きを反平行にすることはできず、必ずどこかでエネルギーの損を生む配置を取らざるを得なくなります。 このような系を幾何学的フラストレーションを持つ系とよび、このフラストレーションにより量子スピン液体状態の実現が可能かどうかが問題となっています。 理論的には、2次元系においては幾何学的フラストレーションにさらに量子ゆらぎを取り入れた場合に量子スピン液体状態が出る可能性が指摘されていますが、その状態の完全な理解には至っていません。 現在までに、いくつかの有機物2次元三角格子系絶縁体が極低温まで磁気秩序を示さず、スピンの液体状態を示唆する候補物質として研究対象になっています。 これらの系は絶縁体ですから、電荷の励起にはエネルギーギャップが存在し電流を流すことはできませんが、我々の最近の研究ではスピンの励起にはエネルギーギャップは存在せず、 その低エネルギー励起によって熱流を流すことができる状態が実現していることがわかってきました。今後のさらなる研究により、この量子スピン液体の理解が進むことが期待されます。
解説論文
山下穣, 芝内孝禎, 松田祐司, 「二次元量子スピン液体の熱輸送現象(最近の研究から)」
日本物理学会誌 66(12), 928-932 (2011).
M. Yamashita, T. Shibauchi, and Y. Matsuda
"Thermal-Transport Studies of Two-Dimensional Quantum Spin Liquids"
ChemPhysChem 13, 74-78 (2012); arXiv:1110.5152.
最近の物性物理学においては、トポロジカル絶縁体とよばれる物質群が盛んに研究されています。 このトポロジカル絶縁体では、通常の絶縁体とはバンド構造が異なっているために、その試料端(エッジ)の部分で必ず金属状の表面状態を持つことが期待され、 さらにその表面状態ではスピン構造も特有な構造を持つことからスピントロニクスへの応用に期待が高まっています。 このトポロジカル絶縁体とのアナロジーで、超伝導体においても、トポロジカル超伝導という新しい物理が最近注目を浴びています。 超伝導体では、準粒子励起にエネルギーギャップを持つため、励起スペクトルという観点からは絶縁体と類似点があり、トポロジカル超伝導体の試料端(エッジ)においてエネルギーギャップが閉じた低エネルギー準粒子励起が出現することが期待されます。 さらにこのエッジでは新しい粒子であるマヨラナフェルミオンが出現する可能性も理論的に議論されており、このようなトポロジカル超伝導の実験的検証が求められています。 いくつかの候補物質が知られていますが、直接的な証拠が得られている段階ではなく、今後の研究による進展が期待されています。